TL;DR

NPO法人JAPROが2026年7月9日に公表した調査で、生成AIを使った芸能人肖像・声優声の無断利用が2ヶ月で4万3483件確認された。SNSでの総閲覧数は約3億3500万回、経済損失は20億〜45億円と試算。調査対象は主要SNS(TikTok、X、YouTube)と画像生成AIプラットフォームで、LoRAモデルの無断作成も横行。174社の芸能事務所にアンケート調査を実施し、約半数が対応ガイドラインをまだ「検討中」という現状が明らかになった。法務省は7月中有識者検討会で指針をまとめる方針だ。


AI肖像無断利用4万件とは

2026年7月9日、特定非営利活動法人「肖像パブリシティ権擁護監視機構(JAPRO)」が2025年度の実態調査結果を公表した。同調査は、生成AI技術による芸能人・声優の肖像や声の無断利用を対象に、業界初の大規模実態把握を目指したものだ。

調査結果は衝撃的だった。2025年6月からの約2ヶ月間で、主要SNS上にAI生成とみられる無断投稿が延べ4万3483件確認された。そのうち肖像が4万3138件、声が345件。投稿されたSNSの総閲覧数は約3億3500万回に達した。

JAPROの相沢康幸理事長(サンミュージックプロダクション専務)は「投稿者は遊びのつもりでも、閲覧した人に事実と受け取られる可能性がある」と警告。同機構は経済的損失を20億〜45億円と試算し、「氷山の一角」と述べている。

項目数値
調査期間2025年6月〜8月(2ヶ月間)
確認件数4万3483件(肖像4万3138件 + 声345件)
SNS閲覧数約3億3500万回
経済損失試算20億〜45億円
対象SNSTikTok、X、YouTube
画像生成AIsea art AI、PixAI

無断利用の典型パターン - アニメ実写化や声の悪用

調査で確認された主なパターンは以下の通りだ。

肖像の無断利用

  • アニメキャラクターの実写化 - アニメキャラクターを芸能人の顔で置き換え、実写風の動画を生成
  • 芸能人に抱きつく偽動画 - 投稿者が芸能人に抱きついているように見せる合成動画
  • LoRAモデルの無断作成 - 画像生成AIプラットフォームで特定芸能人の顔を学習させたモデル(LoRA等)が無断作成・公開

特にLoRAモデルの問題が深刻だ。LoRAとは、特定の人物の顔を少数の画像から学習させ、その人物の画像を生成できるようにする技術。JAPROは2026年1月〜2月にかけて、某俳優の肖像を使用したLoRAモデル20件を対象に削除申請を行い、**削除率100%**を達成した。ただし、削除完了後も同一人物のモデルが新たに投稿される事例が確認されており、「一度の削除では終わらず、再投稿への迅速な対応を含む定期的なモニタリング体制の構築が不可欠」と指摘している。

声の無断利用

  • 声優の声で歌唱 - 声優の声を無断で抽出し、別人の歌唱に合成
  • アニメキャラクターに無関係な曲を歌わせる - 作品と無関係な楽曲をキャラクターの声で再生
  • 海外アカウントによる多言語冒用 - 海外の現地アカウントによる多言語の声の冒用事案も散見

声の無断利用については「同一かどうかの判別が難しく、判明した被害は氷山の一角」とJAPROは述べている。

174社調査 - 侵害把握は28%のみ

今回の調査では、業界174社の芸能事務所にもアンケート・ヒアリング調査を実施した。その結果、**侵害疑義事案を「全て把握」または「概ね把握」と回答した事務所は約28%**にとどまった。

項目割合
侵害把握率(全て+概ね)約28%
対応ガイドライン策定済み1.1%
対応ガイドライン検討中約52%
対応ガイドライン予定なし約46.6%
AI利用方針:事前審査で許諾可約51%

対応ガイドラインについては約52%が「検討中」、策定済みはわずか**1.1%**にとどまった。「個社で策定していくのは困難」との声も多く、業界全体としての指針を求める声が高まっている。

一方、AI技術の活用についても調査した。**約51%の事務所が「事前審査・許諾があれば利用を認める」**と回答し、適切な管理の下での活用に前向きな姿勢が確認された。ただし課題として「契約ルール・倫理ガイドラインの整備(90%超)」「対価設定の難しさ(約76%)」「改変リスク(約74%)」が挙げられた。

経済損失20億〜45億円の試算根拠

JAPROは業界初の試みとして、2つの異なる観点から経済的損失を試算した。

1. 利用料相当額の推定

通常受領すべき金銭相当額を基に、1投稿あたり本来支払うべき利用料を投稿件数分積み上げる方法。芸能人の肖像利用には相場があり、これを基に損害額を算出した。

2. 広告換算額

SNSでの総閲覧回数に同等のリーチを広告で買った場合の換算値。3億3500万回の閲覧を広告で獲得した場合の費用を算定した。

ただしJAPROは「これは保守的な参考試算であり、実際の経済的影響はこれを大きく上回る可能性がある」と強調。未確認投稿、削除済み投稿、再投稿・二次転載、調査対象外サービス上の事案、リアル空間・EC上の無許諾商品、声優・音声AI関連被害の全体、ブランド毀損、調査・削除対応コストなどは含まれていない。

法務省の対応 - 7月中有識者検討会で指針

法務省は2026年4月に「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を発足。生成AIによる肖像・声の無断利用について、民法上の責任を整理する方向だ。

2026年6月25日の第3回会合では、以下の方向性が確認された。

  • 名誉感情や生活の平穏が不当に侵害されれば不法行為にあたる可能性がある
  • 声優の音声を生成してわいせつな文章を読み上げるケースなども検討対象
  • 著名人と同様に声が一般人のものであった場合にも保護対象になりうる

法務省は7月中にも指針をまとめる方針だ。法的な強制力はないが、裁判例を待たずに権利侵害に一定の歯止めをかける狙いがある。

AI肖像問題の全体像

今回のJAPRO調査は、生成AI技術の普及がもたらす肖像権問題の規模を明らかにした。技術的には誰でも簡単に芸能人の顔や声を再現できるようになったが、法的な保護はまだ追いついていない。

課題現状
侵害件数2ヶ月で4万件超
閲覧数3億3500万回
損失額20億〜45億円(保守的試算)
事務所の把握率28%のみ
対応ガイドライン策定済み1.1%のみ
法的指針2026年7月中予定

JAPROは「年次の継続調査」を予定。声優の権利保護のために声優部会を新設し、業界全体の環境整備を推進していく方針だ。

よくある質問(FAQ)

Q: JAPROとは何か?

A: NPO法人「肖像パブリシティ権擁護監視機構」の略称。大手芸能事務所などで構成され、芸能人の肖像権・パブリシティ権の保護を目的としている。2025年度から生成AIによる侵害の実態調査を開始し、声優部会も新設した。

Q: 4万件という数字はなぜ「氷山の一角」と言われるのか?

A: 調査対象が主要SNSと画像生成AIプラットフォームに限定されているためだ。削除済み投稿、再投稿、EC上の無許諾商品、声優・音声AI関連被害の全体、海外SNS上の事案などは含まれていない。特に声の無断利用は判別が難しく、検出を逃れる事例が多い。

Q: LoRAモデルとは何か?

A: 画像生成AIにおいて、特定の人物の顔を少数の画像から学習させ、その人物に酷似した画像を生成できるようにする技術。JAPROはLoRAモデルの削除実証実験を実施し、20件全件の削除に成功したが、同一人物のモデルが新たに投稿される問題も残っている。

Q: 法務省の指針には法的拘束力があるのか?

A: ない。法務省の指針は法的な強制力を持たないが、裁判例を待たずに権利侵害に一定の歯止めをかける狙いがある。AI生成コンテンツの肖像権侵害判断基準やプラットフォーム事業者の責任範囲などが主な論点となる見通しだ。

Q: 一般ユーザーがAIで芸能人の顔を作ったらどうなる?

A: 芸能人や声優の肖像・声を無断で使用すると、肖像権侵害やパブリシティ権侵害に該当する可能性がある。商用利用はもちろん、SNSへの投稿であっても法的責任を問われるリスクがある。特にわいせつな内容や名誉毀損にあたる場合は更に問題が大きい。

Q: 被害を受けた芸能人はどう対応すべきか?

A: JAPROへの相談や、所属事務所を通じたプラットフォーム事業者への削除要請が有効。JAPROの調査ではLoRAモデルの削除率100%を達成しており、適切な手続きを経れば削除は可能だ。法的措置を検討する場合は弁護士への相談も推奨される。


Sources


関連記事